古銭ミニアチュールの世界
シルクロードのコイン美術とその周辺
シルクロード再訪—古銭美術とその周辺—
古銭は美術品なの?と疑問を感じる日本人は少なくないであろう。何故ならば、古銭といえば日本の和同開珎や中国の開元通宝など、文字だけしか記してないものしか記憶していないからであろう。しかし、シルクロードの古銭は全く異なり、イスラムの貨幣を除くと全て「美術作品の小さなミニアチュール」なのである。古銭の表には国王像、裏に神像が刻印され、それらは実に写実的で精密に造形され、写真をとって拡大しても全くボケない優秀な浅浮彫である。それ故、古銭の一つ一つが各時代の美術の動向や特色を映す鏡、標識となっている。
例えば、アレクサンダー大王、初代ローマ皇帝のアスグストゥス、グレコ・バクトリア王国の諸王の胸像を見れば、いかに写実的に顔貌が再現されているかわかる。一方、アルサケス朝やササン朝の銀貨の国王胸像は写実性はやや後退しているが、その代わりに装飾性や形式美が強調されている。また、クシャン朝のコインの表面を見れば、イラン民族の特色のある衣服や顔貌表現が表現されているし、裏面には今は無きゾロアスター教の神々の像や仏陀像が刻印されている。それらは大型美術作品と比べても全く見劣りしない。両者には制作技術や表現様式や図像形式が共通しているからである。
かくして、古銭の周辺にはかつてシルクロード美術の大型の彫刻や絵画、工芸品が多数存在したが、現在はそのごく一部しか残存していない。本展は無論、それらの優品を展示することはできないが、若干、関連する古美術品を展示して、それらを垣間見る「よすが・手がかり」を提供したい。なお本展では、古銭は上記の作例を含めた70数点、古美術品を40数点を展示する予定である。 (文責: 田辺勝美)
本展は、コイン作品を軸とし、シルクロード約一千年の歴史4つに分け、コインとそれぞれの時代を紐付ける美術作品とともに展示。シルクロード美術史家 元金沢大学教授 文学博士 田辺勝美先生の完全解説とともにお楽しみいただけます。
1 イラン文化からギリシア文化へ(ギリシア文化の東方伝播)
2 ギリシア文化の定着(グレコ・バクトリア朝、アルサケス朝パルティア)
3 ローマ文化の東方伝播(クシャン朝とガンダーラの仏教美術)
4 新イラン文化の隆盛と東方伝播(ササン朝ペルシアとフン族)
1 イラン文化からギリシア文化へ(ギリシア文化の東方伝播)
前6世紀以後、西アジア・中央アジアを支配していたイラン系アケメネス朝は、マケドニアのアレクサンダー大王の東征によって滅び、大王の死後、前4世紀後半以降、大王麾下のギリシア人将軍のセレウコスが開いたセレウコス朝(前31~63年)によって、ギリシア文化が西アジアから中央アジアに伝播する素地がつくられた。

アレクサンダー(3世)大王
4ドラクマ銀貨D:1.9cm, 在位:前336-323年
表:ライオンの頭皮を被ったヘラクレス神(または大王)の頭部(向かって右向き)。周縁は連珠で縁取りされている。
裏:左手に錫杖、右手に鷲を載せて、背もたれのある椅子に坐ずゼウス神倚像。
周縁は連珠で縁取りされている。ギリシア語文字銘:ゼウス神の背後に、ALEXANDROY(アレクサンドロスの)

柱頭:アカンサスと蓮華供養者
2~3世紀 バクトリア(アフガニスタン北部)
仏寺の柱の頂上に置かれた柱頭で、ギリシア建築のコリント式柱頭をモデルとして製作された。アカンサスの葉と開花文に囲まれて、蓮花を一本持つ若者の上半身が表現されている。大乗仏教では蓮華化生といって、極楽浄土に往生した時には蓮花の花の中に生まれるるという。一方、ギリシア美術で用いられたアカンサスにも再生復活の意味があるので、ガンダーラでは蓮華化生の代わりに「アカンサス化生」が創られた。この若者は蓮華を持ちアカンサスの葉の中から生まれるので、阿弥陀浄土など大乗の仏国土に往生したところ解釈されよう。なお、バクトリアにはガンダーラの仏教美術がクシャン朝時代に伝播したので、図像にはガンダーラの影響が顕著である。

女神とヒエログリフのレリーフ
紀元前3世紀頃 エジプト
エジプトの神殿ないし墓の壁をかざていたレンガ(前3~後1世紀)で、二つの象形文字銘の間に女性の上半身が残っている。銘には太陽神ラーや天地の神の名称が刻まれているが、この女性との関係は不明。頭部と身体を側面観、眼だけは正面観で表す、古代エジプトの慣習的手法で浅浮彫りされている。女神であるのか王妃(女王)であるのかわからない。
2 ギリシア文化の定着(グレコ・バクトリア朝、インド・グリーク朝、アルサケス朝パルティア)
ギリシア文化の東方伝播を実質的に行い、定着せしめたのは、ギリシア系セレウコス朝からほぼ同時期に独立したギリシア系のグレコ・バクトリア朝(前230~145年)とその後継者インド・グリーク朝(前2世紀中頃~後1世紀前半)、中央アジア出身のイラン系遊牧民アルサケスが開いたアルサケス朝パルティア(前247~224年)である。

デーメートリオス1世
4ドラクマ銀貨D:D: 3.3 cm、在位:前200-190年
表:頭髪の上にディアデムを巻き、小型マントを右肩で留金具で留めて羽織り、インド象の頭皮をかぶった国王胸像(右向き)。インド象は同王によるインド(アフガニスタン南部のアラコシア)を征服した記念を示す。
裏:左手に棍棒とネメアのライオンの毛皮を持ち、頭に戴くチューリップ冠に右手をつけて敬礼するヘラクレス立像(正面向き)。足元にモノグラム(P. K)。両客は支脚と遊脚(コントラポスト)を示す。(グレコ・バクトリア朝の国王)

一角仙人を表した化粧皿
前1〜後1世紀 ガンダーラ・パキスタン
一角仙人は山中で修行をして神通力を会得したが、ある時、雨上がりにぬかるみに足をとられたので立腹して、雨が降らないように呪詛した。そのため、国中に旱魃が起こった。そこで国王は王女(遊女)を山中に遣わして仙人を巧みに誘惑し、王宮に連れて来させ、王女と結婚させた。すると、贅沢な環境に感化された仙人は堕落し、王女をはじめ多数の女性と性交をしたために神通力が失われ、呪詛が解けて国中に雨が降ったという。この化粧皿では、中央に仙人が腰掛けに座り、その面前に二人の女が配されている。一人(召使の女)は跪いて仙人の足をさすり、もう一人(王女?)は立って仙人と会話しているように見える。背後には男の召使が立ち、うちわで風を仙人に送っている。

突起文装飾ガラス碗
1〜3世紀 シリア/イラン
吹きガラスの手法で作られたガラス碗の胴部に突起文を規則的に施したものである。このようなスタイルのガラス碗は地中海東岸(パレスティナ)で生産され、イランなど各地に輸出された。突起文は碗の形を製作中に、熱したガラスが冷えない間に、ピンセット のようなもので器面のガラスをつまみ出して作った。底部には、高台の代わりに12点の突起文を施している。
3 ローマ文化の東方伝播(クシャン朝とガンダーラの仏教美術)
ギリシア文化の東方伝播を実質的に行い、定着せしめたのは、ギリシア系セレウコス朝からほぼ同時期に独立したギリシア系のグレコ・バクトリア朝(前230~145年)とその後継者インド・グリーク朝(前2世紀中頃~後1世紀前半)、中央アジア出身のイラン系遊牧民アルサケスが開いたアルサケス朝パルティア(前247~224年)である。
4 新イラン文化の隆盛と東方伝播(ササン朝ペルシアとフン族)
ギリシア文化の東方伝播を実質的に行い、定着せしめたのは、ギリシア系セレウコス朝からほぼ同時期に独立したギリシア系のグレコ・バクトリア朝(前230~145年)とその後継者インド・グリーク朝(前2世紀中頃~後1世紀前半)、中央アジア出身のイラン系遊牧民アルサケスが開いたアルサケス朝パルティア(前247~224年)である。